「仲間を返せ!」


 アレンの鋭い声が鼓膜を貫く。隣で喚かれると、穏やかなアレンの声でも耳に優しくないものだと、思い知った。
 方舟から移動した先でティキとアレンは高く跳躍する。それを追う私だったが、方舟から出た先で思わぬ顔―― 伯爵のことだ―― を見つけて、表情筋を強張らせた。やはり、アレンがティキを追ったのは拙かった。


「どいてどいてー!」


 ティキ、アレンが巫山戯たことを抜かしながら伯爵の上に降り立つのを、伯爵の隣で見るときが来ようとは。
 こんな状況なのに、呆れを感じることが出来る自分に驚いた。


「どけって言ったろ、千年公……」
「は、伯爵!?」
「ようこそ、アレン・ウォーカー……と、なんか邪魔な奴もついて来ちまったな」
「は? ?」
「……うるさいよ。私だって来たいわけじゃなかったっつの。アレンのせいなんだからね」
「これは……どういうことですか……!? ジョニーにリーバー班長まで……?」


 想定外の状況にアレンが辺りをぐるりと見回して 困惑した声を上げる。ジョニーやリーバー、さらにはバク・チャンやルベリエなどの要人も居る。


「人質でしょ、見ての通り。北米支部ね、ここ」
「あ、そういえば会議があるって……!」


 私も辺りを見回した。来たことはなかったが、今日会議があると言っていたこと、さらにそう言っていた人物全員がこの場にいることから察するに、ここは北米支部で間違いない。しかし、状況がすでにかなりやばい。ここにいる教団側の人間はすべて、壁際に一列に並び、何故か両手を肩の高さにぴんと左右に伸ばしている。どう見ても、ノア側の仕業だ。拘束具が見当たらないが、拘束されているのだろう。
 唐突に長い黒髪の男がひとり、勢いよく立ち上がったのが視界に入る。俯いた彼の顔はこ ちらからは窺えないが、私が彼を見間違うはずはない。しかし、何故? 何故ここに?


「……神田?」
「え、なんで……ヨルダンの陣営を守ってたんじゃ……」
「陣営ならとうに全滅したよ」


 ノアの声。ドサッと重たい何かが立てる音。


「驚いたかい? お前たちはこのサードを助けにきたつもりだったんだもね」
「トクサ!!」


 座るノアの下、引っくり返った棺の中から上半身を覗かせているのは紛れもない、トクサの姿だった。


「……っ、使徒……マダラオは、どうしました…」
「あー、マーシーマが相手してるぜ」
「気を……つけなさい。どんな技か知らないが、このノア、他者の体を勝手に動かせます。私の足を触れずに折り砕いた……!」
「そ 。残念ながら、すでにこの支部の人間はこの僕デザイアスが掌握している」


 にっこりと、トクサの身体を敷く棺の上に優雅に腰掛けて微笑む。総毛立った。なんか薄気味悪い、この人。


「……これは困りましたね。貴方はどんな気持ち悪いことを仕出かすか判らないし」
「気持ち悪い? 心外だな……とりあえず、千年公の上からどいてくれない?」
「………」


 踏みつけられてから何の反応もない伯爵が怖い。私は彼らの隣に立っているので、私自身の足の下に伯爵がいるわけではないのだが。


「少年、オレらはお前を迎えに来たんだぜ?」
「はあ? 迎えって、僕はあんたたちの敵だっーー……」
「アレン!? ……っ!」
「お嬢さんはちょーっと黙っててね」


 突然、伯爵にアレンが押さえつけられた。その巨体からは想像出来ないくらい俊敏な動きで。
 咄嗟にアレンを助けようと伯爵に掴みかかるべく動いたが、すぐに横から手が伸びてきて、片腕でティキの胸に押さえつけられる形で拘束される。


「アレン・ウォーカー……お前は二度と教団へは帰しまセ〜ン」
「は? ちょ、離し……っ」
「お前は『14番目』が残した奏者の資格ではナイ! 『14番目』本人だったのでスネ」
「ってワケさ」
「いやあ、まんまと騙されましたよこの道化メ」


 教団側へ衝撃が走った。―― 伯爵にばれている。しかし、何故?


「ご存知でしょう。千年伯爵はアクマ製造者。アクマは我輩の手足であり、目でアル。お前はあの時アクマ越しに我輩へ呼びかけたのでショウ?」
「あの時……?」
「大変な衝撃でシタァ」
「なんのことだ……ッ、僕はそんなこと……ッ」
「ソノ通リダヨ」


 不意に、アレンの声をさえぎるような形で別の声が響いた。それは間違いなく、アレンの口から発せられている。アレンの声か? これは、本当に、アレン? いや、『14番目』か?


「オマエニ伝エタカッタンダ、オレガ戻ッテキタコト」
「『14番目』……ッ」
「来テクレルト思ッタヨ兄弟……今度コソオマエヲ殺ス。オマエヲ殺シテオレガ千年伯爵ニナル!」
「それが… …望みなのデスカ『14番目』……」
「ち…がう……っ、ちがうっ! 僕は『14番目』じゃない……!?」


 アレンとその中身のブレが彼を苦しめる。引いては押し寄せ引いては押し寄せる波のように、『14番目』と『アレン・ウォーカー』とを行き来する。


「うぐ……っ、がはぁっ」
「アレン!? アレン!! ア……ぐっ」
「うるさい」


 苦しげに血を吐き出すアレンの姿に堪らず駆け寄りたくてばたばたとティキから逃れようとしたが、手刀を鳩尾に決められて息が詰まった。
―― やっぱりアレンを無理にでも引き止めるべきだったのだ。あんなふうに、挑発するような態度のティキに易易と釣られて来るべきではなかった。
 後悔が嵐の如く襲う。


「いやだあ!」


 と、その心配を吹っ飛ばすような勢いで、アレンが身体を跳ね起こして伯爵に頭突きをかました。正直言って、外野はぽかーんである。


「いいですか、伯爵。あと『14番目』もよーく聞け……」
「……」
「ほう」
「僕は悪魔払師アレン・ウォーカーです。それ以外には死んでもならない!」
「大きく出たなー」
「あんたら兄弟のよく判らん喧嘩に人を勝手に巻き込むな! 迷惑です!!」
「アレン……っおわっ!」


 突風が駆け抜けた。と思ったら神田だった。急に駆け出した彼 は途中でロードを掻っ攫い、そのままの勢いで刀を伯爵に向けて振りかぶる。
 それを阻止しようと動いたティキによって、六幻は止められた。私を捕える片腕の力が緩んだその隙をついて、私も潮騒を発動し、発動と同時に潮騒の柄でティキの鳩尾を突いて彼から距離を取った。


「ぐっ……」


 油断していたのだろう。ティキが僅かに呻き声をあげているのを尻目に、トクサが倒れているところに駆け寄る。先に着いたアレンが彼に圧し掛かる上の棺を蹴り飛ばして、トクサの肩を支えて立ち上がったので、慌てて私も加勢した。
 見る限り、神田が想像以上に元気そうである。


「神田! あんた意識あったの?」
「うるせえ、悪いかよ」
「悪かない……ですが、だったらなんで 今まで固まってたのか大変気になります」
「脳天潰されて、起きたらココにいたんだ。状況理解度するのに時間かかったんだよ」


 しれっとそう答えながら、掻っ攫ってきていたロードからリボンを追い剥ぎし、それで髪を束ねる。
 途端、爆音をあげて導管が背後から襲ってきた。あっという間にそれらは出口を塞いでしまう。


「下等生物め。本当に状況を理解してるのか? とくに『14番目』。『二度と教団へは帰さない』って言ったよね?」


 ひんやりとしたノアの声。
 激しい水音に、背筋に悪寒が走り、振り返る。と、目に映ったのは、


「……人?」


 沢山の導管に繋がれた一人の人間の姿。


「アレン・ウォーカー。キミが自ら進んで教団を捨て られるようにしてあげマショウ。今日はキミの退団パーティーでス」
「誰ですか、あれ……」
「アルマ=カルマ。私たちサードの第一母胎です……。元は神田ユウと同じ、人造使徒の被験体……」


 ……神田? 聞き捨てならない単語を耳にした気がして、思わず神田の方を振り返る。神田ユウと同じ人造使徒の被験体。『神田ユウと同じ』?


「誰だ、そいつは」


 首筋を掻きながら、平然とした顔で言ってのけた神田にその場がフリーズする。


「……今、なんて言いマシタ?」
「『誰だ、そいつは』」


 ワイズリーがアルマを指さしても神田の返答は変わらない。『誰だそいつは』の一点張りである。


「何言ってんのさ、もぉ〜。アルマだよぉ! 九年前、キ ミが殺したあの失敗作の……」


「あいつは死んだ」


 悪寒が背中を走るような冷え切った声だった。こんな神田の声は聴いたことがない。
 神田が鷲掴みにした人形もといロードはそれでもなお口を閉ざさない。


「でも生きてたんだよぉ。あんな姿になっても生きてたのに教団が隠したんだよぉ」
「潰されてぇのか……」
「キミにアルマの罪を被せて奴らは隠してた。『聖戦』を言い訳にしてぇ。九年もねぇ〜」


――アルマの罪? 被せる? 隠す?
 九年前と聞いて、ふと思い起こしたことがある。マリ。水浸しの少年。鴉。私の右手。


「挙句の果てにアクマの卵核埋め込まれちゃって、今じゃアルマは教団に貪られる生き人形だぁ〜」


 グシャ。神田の手からぼろぼろと崩れたロードの欠片が零れる。ロードは不死。こんなことをしても意味はないのに。


「どうしたのぉ〜? アルマに会えて嬉しくなかった? もしかして、キミにアルマを斬らせた女ぁ……『あの人』のことが関係あるのぉ〜?」


「神田」


 咄嗟に神田に駆け寄って右肩を掴んだ。彼がロードのその台詞で動くだろうことが何故かなんとなく分かったからだ。同じタイミングで動いたらしいアレンが神田の構える六幻をイノセンスの左手で掴んでいる。カチカチと、彼の刀とアレンの手が堅い音を立てる。


「神田、駄目だよ。こいつにはそんなもの通用しない。分かってるでしょう?」
「そうだ。落ち着いて、神田。こいつらキミで何か企んでる!」


 神田。神田。何度呼びかけても返事がない。
 胸を締め付けてくる苦しみに目を背けながら神田の肩を掴む手に力を込める。
 お願いだ、こっちを向いて、目を合わせて。


「僕らは捕まってるみんなを助けなきゃ。そのことだけを考え――」


「いいよ〜だ。アルマだってゆうことが信じられないならぁ〜、
 アルマ自身に信じさせてもらえ〜」


「なっ……!」


 神田とアレン、ロード、私の足元に大きな紋様が現れ、強く光った。直視した瞬間、くらりと脳が揺れたような錯覚を覚える。暫時、周囲の音が耳に届かなくなる。暗転。





遠く遠く



(12/12/19) Next→