「行け、アレン! ノアはあたしが相手する」
「フォー……!」
「アレン」

 立ち上がり、踵を返しかけたアレンに声をかける。振り返ったアレンの後ろ、激しい戦いが続く神田とアルマが見えた。
 胸の痛みに、必死に見て見ぬふりをする。本当は私が行きたい。けれど、神田とアルマを止められるのは、きっとアレンだけだ。

「……、貴女は……」
「アレン、行って。みんなのことは私が見てるから。フォーのことも」
「早く行け!」

 フォーの大きな声に背中を押されるようにアレンは走り出した。
 走り出したアレンを追いかけるように放たれたティキからの攻撃を、フォーが弾き返す。
 残された私とフォーはティキ・ミック卿と対峙する形になった。

、お前良かったのか。神田の奴のところに行かなくて」
「何言ってんの、フォー」
「……いや、なんでも」

 フォーとは昔馴染みだった。教団に入りたての頃、一時期アジア支部に入り浸っていたのでそこで知り合ったのだ。
 教団に入りたての頃というのはとにかく辛くて苦しくて、教団全体も何となく鬱々とした空気が漂っていた。アジア支部に楽しい思い出は少ないが、フォーはその少ない楽しい思い出のひとつだ。頼もしくて心優しい門番さん。

「後悔すんなよ」
「当然」

 強くなった第三エクソシストの暴走による電撃に、皆を護っている水の盾が震えているのが分かる。脳が痺れるようだ。イノセンス《潮騒》が一段と重たく感じられる。
 正直言って満身創痍だ。だが、

「ノア野郎、あんたにアレンの邪魔はさせない」

 キッと見据えて言い放つと、ティキ・ミックはニヤリと唇を歪めた。
 少し離れた位置から神田とアルマの戦い続けている音が聞こえる。
――神田。
 胸の内に湧く痛みに目を瞑った。


 ティキとの戦いは私とフォーは一杯一杯だったのだが、彼はあまり真剣にやっている風ではなかった。
 斬りつけようとしても、届かず、ヒラリヒラリと躱される。その割に彼から放たれる攻撃は鋭くて、私とフォーは避けるので精一杯だ。何年も守護をするフォーと自分を比べたらいけないのかもしれないが、負傷した彼女とティキでは差が歴然としてしまう。

「お嬢さん」

 斬りつけようと突き出した潮騒を易々と躱したティキがニヤっと笑って呼びかける。
 目が合うと、その細い指で私の背後を指さしてそっと囁くように言った。

「あのセカンド、お嬢さんの大切な人?」

「……っるさい!」

 ケタケタと笑うティキにもう一度潮騒を振りかぶっても、相変わらず余裕の笑みで躱されてしまう。

「助けに行かないの? あ、無理なのか」
! そいつの話なんか聞くな!」

 柄を握る手が震えた。よろめいた私をフォーが後ろから叱咤する声が耳に届くが、刺さった言葉はどうにも抜けそうになかった。
――無理、か。
 ティキの攻撃が肩を掠る。ティキに言われた後一瞬、思考が完全に停止していた。無力はいつだって感じている。今更、他人に言われただけでどうにかなるわけじゃない。なるわけないのに。
 夢の中のシーンが脳裏を過る。大きな月。ひとりきりの部屋と響く波の音。

――神田。神田。

 隣のフォーが、神田達の方を見て表情を固めた。
 私もふっと振り返る。

「アレン……?」

 誰もが息をのんでいた。水を打ったような静寂。
 神田の突き出した六幻が、アレンの腹を完全に貫いていた。

「ちゃんと……アルマの顔、見てくださいよ。なんで……あんな顔するのか、僕じゃ、全然……わからないんですよ……」

 静寂に、アレンの言葉がかすかに届く。
 倒れたアレンの身体が浅黒く染まっていた。まるで、ノアのように。

「アレン……ッ!?」

 思わず駆け寄ろうと動きかけたら、一歩踏み出す前にティキに背後から捕えられた。ここに到着した時もそういえばこうやって後ろから首に腕を回されたのだった。なんと、進歩してないことだろう。

……! 離しやがれ、このッ」

 フォーがアレンと私のどちらを見たらいいのか分からなくて困っている。
 どこから取り出したのか、奴は小さなナイフを私の首に突き立てているから、フォーは近寄ることが出来ない。首の皮膚を薄く切っているのだろう。ちりちりと痛む。

「まあまあ、見てよーぜ。なあ、お嬢さん」

 アレンが倒れた先、アルマがぼろぼろの身体で立ち上がるのが見える。神田に真っ直ぐに掌を向けて。
 私を捕えているティキが耳元でふっと笑う気配がした。

「これで最期だよ、ユウ」

 悲痛な声が空間を切り裂いて耳に届く。何故だか、立ちすくむ神田の浅紫の髪がたなびくのが目に焼き付いた。
 思わず、私にナイフを突きつけるティキの手を、爪を立てて掴んだ。

「離せ、……ッ」

「死んで!」

 だが、高らかに言い放ったアルマの掌から攻撃が神田に届くことはなかった。二人の間に倒れていたアレンの身体が、突然中空に浮いたのだ。
 そして、爆風。
 風で押されたのか、ナイフの刃がさっきより私の皮膚を深く抉る。
 爆風に飛ばされたアルマが壁にぶち当たるところが見えた。それを咄嗟に受け止めた神田の姿も。

 喉が痛い。ああ、ああ、泣きそうだ。


――あはははははははははははははははははh


 地鳴りのように響き渡る音。笑い声、のような。

「アレン……」

 浮かび上がったアレンからそれは聞こえた。

《ありがとウ、神田ユウ》

 響く笑い声を掻い潜るようにして、伯爵の声が鼓膜に直接触れるように聞こえた。
 見上げれば、遠く高みで伯爵が飛び跳ねている。

《覚醒デスヨ!》
《貴方がイノセンスでアレン・ウォーカーをボロボロ〜に傷つけてくれたおかげで!》
《彼の内に潜む「14番目」が完全に呼び起されたのデス!》

「伯爵は最初からそのつもりで……」

 零れた声に、背後のティキは依然としてニヤニヤと笑っているだけらしい。何か答える気配はなかった。

《ノアは神(イノセンス)への憎しみを決して忘れナイ》
《傷つけられれば傷つけられる程それは吹き出すノデス》

「ありがとウ! アレン・ウォーカーはもう終わりデス」

 伯爵の、狂った大きな声が高らかに宣言する。
 アレンから聞こえる笑い声は止まない。


――パァァァァァァン!


 突然、辺りに何かの破裂音のようなものが響いた。

「なんだ……ッ!?」
「結界が破られた……?」

 同時に笑い声も止んだ。
 アレンの左目から光が閃く。彼はどうやらその左目の発動で意識を取り戻したらしく、浮いていた身体も地面に足をつけた。
 そして彼はアルマを抱える神田の方をその目で見た。何かを見た、らしい。

「アルマ、キミは……」
「言うなぁぁぁっ」

 何か言いかけたアレンの言葉を大きな叫び声で遮ったアルマの身体が光を放つ。
 神田に抱えられたままのアルマの額に星が見える。この光景、私は知っている。――自爆だ。

「アルマ! やめ……くそ、ティキ・ミック! 離せっ」

「これがホントの最期……」

 眩しい。

「死ね」

「なんでなんだよアルマ!」

 眩しい。眩しい。
 あがけばあがくほど、ティキ・ミックの力は強くなったがそんなことは些末な事だった。首を切ったっていい。構わない。
、動くな!」
 フォーの声。
 なんで? 行かせてくれ。

 脳裏に、ロードに見せられたアルマと神田の記憶が蘇る。
 そして、私の、神田と出会ったときの記憶も。

 神田。神田。神田。

 ああ、行かせてくれ。お願いだ。

 爆音。閃光。静寂。



世界の果てでは雨が止む



(14/07/01) Next→